「君が代」誕生について

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2016年はリオオリンピックが開催されます。多くの君が代が流れることを期待したいものです。
さて、この「君が代」、どのようにして誕生したのでしょうか?

 

現在日本国の国歌とされている「君が代」は明治2年(1869)に誕生しました。
当時、来日したイギリス王子エジンバラ公が天皇に謁見する際、イギリス国家とあわせて演奏するために作られたと言われています。

 

もともと日本には、明治維新を迎えるまで「国家」という概念がありませんでした。
明治維新を終え、諸外国との交流が増えて行く中で、外交儀礼上必ず不可欠であるということから急きょ作られたようです。

 

 

「君が代」の歌詞は、平安時代に編成された「古今和歌集」に収録された詠み人知らずの歌を採用したと言われています。作曲は当日に両国国歌を演奏するイギリスの軍楽隊隊長フェントンが担当したという、ドタバタ騒動でした。

 

このフェントン隊長は、日本語は全く分からなかったため、出来上がった曲はとても評判が悪かったそうです。
そこで、宮内省雅楽課が作曲し直しました。
さらに、洋楽演奏用に編曲したのが、フェントン隊長の後任として就任した海軍軍学教師のドイツ人エッケルトでした。

このように2人の外国人の力を借りて現在の「君が代」が完成したと言われています。

参考文献:中経出版「頭のいい子が育つパパの雑学」より